ウンチは宝の山:生態学研究の新手法「糞プロテオミクス分析」

蔦谷匠 1,2,  Meaghan Mackie 3,  澤藤りかい 1,  宮部貴子 4,  Jesper V. Olsen 3,  Enrico Cappellini 3
1 総合研究大学院大学
2 海洋研究開発機構生物地球化学センター
3 University of Copenhagen
4 京都大学

【研究概要】

動物の糞にさまざまな分析を実施することで、その糞をした個体の生態や進化を調べることができます。野生動物の研究では、糞に含まれる未消化の食物、DNA、ホルモン、元素などの分析が行われてきました。しかし、糞に含まれるタンパク質はこれまでほとんど研究対象になりませんでした。タンパク質は身体を構成する部品であるだけでなく、遺伝情報も反映しています。そのため、糞に含まれるタンパク質を網羅的に分析すれば、ほかの分子からはわからなかった新規な情報を得られる可能性があります。私たちは、日本とデンマークの共同研究により、哺乳類の糞に含まれるタンパク質の分析という新しい方法(糞プロテオミクス分析)が生態学に新たな知見をもたらすことを示しました。飼育下のニホンザル(Macaca fuscata)をモデルにして、異なる発達段階にある個体から得られた糞をプロテオミクス分析し、ニホンザル、食物、腸内細菌のタンパク質の構成を調べました。その結果、糞に含まれるタンパク質からは、授乳・離乳による食事内容の変化、摂取した食物の分類群と部位、腸内の生理状態に関する直接的な証拠が得られることがわかりました。これらの一部は、従来の手法では調べるのが難しかった生命現象です。絶滅の危機に瀕している野生の哺乳類についても、糞プロテオミクス分析を実施することで、その食性や生理状態を迅速かつ簡便に把握できると期待されます。

【研究の背景】

糞は、野外調査の過程で、対象の動物を傷つけたりストレスを与えたりすることなく、比較的簡単に入手できる生物試料です。糞にさまざまな分析を適用することで、動物の生態や進化に関して多くの事実を明らかにできます。たとえば、糞中に含まれる未消化の食物残渣、炭素・窒素安定同位体の存在比、食物に由来するDNAは、その個体が最近食べた食物の内容を反映します。糞に含まれる体組織由来のDNAの分析からは、その個体の分類群や遺伝的背景が明らかになります。糞中に排出される内分泌ホルモンの分析からは、その個体のストレスレベルや繁殖状況がわかります。生態学研究において、糞は「宝の山」と言うことができるでしょう。
しかし、糞に含まれるタンパク質は、これまで長らく生態学研究の対象になりませんでした。消化管で分解を受けた雑多なタンパク質を網羅的に分析するための有効な方法が存在しなかったためです。しかし、2000年代前後から医学や生物学で急速に発展してきた、質量分析計を利用したプロテオミクス分析は、タンパク質の研究に革命をもたらしました。ごく微量のタンパク質を、たとえ部分的に分解されていても、事前に対象を定めることなく網羅的に分析し、アミノ酸配列を決定できるようになったのです。本研究では、生態学の研究において、こうした最先端のプロテオミクス分析がどのくらい有用なのかを検討することを目的としました。
タンパク質は生物の身体を構成し機能を担う実体であり、そのアミノ酸配列には遺伝情報が反映されています。こうした特徴の組み合わせは、DNAやホルモンなどほかの分子には見られない、タンパク質に独自のものです。したがって、糞に含まれるタンパク質を網羅的に同定し配列を決定できれば、これまでの分析では知ることのできなかった生命現象を遡及的に明らかにできると私たちは予想しました。

【研究の内容】

本研究では、分析のモデルケースとしてニホンザル(Macaca fuscata)を選び、京都大学の霊長類研究所に飼育されている個体から得られた糞10点をプロテオミクス分析しました。発達段階、食事内容、健康状態などがよくわかっている飼育下の個体を利用して分析を実施し、結果を「答え合わせ」することで、方法の有効性を検証できるのです。

その結果、糞プロテオミクス分析は、食事内容の変化、食物の同定、生理状態の推定という3つの生命現象の研究に有効であることが示されました。
まず、アカンボウの糞からは、摂取した母乳(母ザルの乳)に由来するタンパク質が同定できました。飼育下のニホンザルは、生後1ヶ月程度から固形食を摂取しはじめ、6ヶ月から1歳くらいで母乳を摂取しなくなります(図1)。生後約9ヶ月までの授乳中と考えられる個体の糞からは、カゼインなどの乳由来タンパク質が検出されました(図2)。哺乳類の授乳・離乳はこれまで行動観察や安定同位体分析によって研究されてきました。しかし、行動観察では、アカンボウが母親の乳首を口でくわえて安心しているだけなのか、本当に母乳が出ているのかを区別できません。同位体分析では、母乳以外の要因にも結果が影響されるため、ノイズ過多となり間接的な結果しか得られません。そうした従来の方法に比べ、糞プロテオミクス分析からは、アカンボウ個体の授乳・離乳状況に関する直接的な証拠が得られることがわかりました。

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図1. ニホンザルの授乳・離乳パターンと本研究の分析サンプル。赤で塗りつぶしたサンプルは母乳由来のタンパク質が検出されたもの。○はメス、△はオス。

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図2. 母乳由来、生体防御関連タンパク質(抗体など)の、発達段階に伴う検出数の変化。

次に、糞プロテオミクス分析によって、餌に含まれている食物種とその部位を明らかにできました。対象個体の餌には、コメ、ダイズ、トウモロコシなどが含まれていましたが、糞からはそれらに由来するタンパク質が検出されました(図3)。また、特定の部位に特異的に発現するタンパク質も検出でき、コメなら米(種子)の部分、ダイズなら豆(種子)の部分など、どの部位を摂取していたかもわかりました。動物の摂取した食物の分類群の研究は、これまで、糞に含まれる食物由来DNAの分析によって主に行なわれてきました。糞プロテオミクス分析は、そうした従来の方法に比べ、分類群だけでなく部位の情報も明らかにできる利点があることを示しました。

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図3. 食物由来タンパク質の、発達段階に伴う検出数の変化。

そして、免疫関連や腸内細菌のタンパク質から、個体の生理状態も推定できる可能性が示唆されました。本研究の対象個体は飼育下にあり健康状態が良好で、微生物に対する生体防御に関連するタンパク質(抗体など)が糞から多く検出できました。また、ビフィドバクテリウム属の腸内細菌のタンパク質は授乳中の個体で特に多く検出され(図4)、DNA分析による先行研究で明らかにされているとおり、授乳・離乳と腸内細菌叢の関連が示されました。オトナになると発現しなくなるラクターゼ(乳中の糖の分解に関連するタンパク質)は、アカンボウとコドモの糞のみから検出されました。糞プロテオミクス分析によってこうした特徴を明らかにすることで、腸内の生理状態を推定できるだけでなく、糞をした個体の年齢区分も推定できる可能性があります。

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図4. 特定の分類群の腸内細菌タンパク質の、発達段階に伴う検出数の変化。

【今後の展望】

多くの野生哺乳類は絶滅の危機に貧しており、より効果的な保全のためには、その生態や進化を迅速に理解する必要があります。行動観察はよく用いられる方法ですが、時間がかかり、多くの人力を必要とするのが欠点です。これに対し、糞プロテオミクス分析は、調査地から糞を採取してくるだけで、食性や生理状態について多くの事実を明らかにできます。ほかのさまざまな方法と組み合わせることで、対象とする動物の生態を総合的に明らかにできるのです。ただし、本研究は条件の良い飼育下の個体を対象にしており、実際の野生個体群への応用にはさらなる検討が必要であることには注意が必要です。有効な試料数や糞の保存方法について、今後もっとよく調べていく必要があるでしょう。

【著者】

  • 蔦谷 匠
    (総合研究大学院大学・先導科学研究科・助教、海洋研究開発機構・生物地球化学センター・外来研究員)
  • Meaghan Mackie
    (デンマーク・University of Copenhagen・Globe Institute・研究員)
  • 澤藤 りかい
    (総合研究大学院大学・先導科学研究科・日本学術振興会特別研究員)
  • 宮部 貴子
    (京都大学・霊長類研究所・助教)
  • Jesper V. Olsen
    (デンマーク・University of Copenhagen・Center for Protein Research・教授)
  • Enrico Cappellini
    (デンマーク・University of Copenhagen・Globe Institute・准教授)

論文情報

お問い合せ先

  • 研究内容に関すること
    蔦谷 匠(総合研究大学院大学・先導科学研究科・助教)
    電子メール:tsutaya_takumi@soken.ac.jp
  • 報道担当
    国立大学法人 総合研究大学院大学
    総合企画課 広報社会連携係
    電話: 046-858-1629
    電子メール: kouhou1@ml.soken.ac.jp

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