識字障害関連遺伝子に自然選択は働いたのだろうか?

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自然選択の標的である可能性のあるSNP(rs12055879, rs3751248)と、解析したその他のSNPについて推定される遺伝子系図の模式図

2D SFS統計量は、注目するSNP(★)が生じた後の多型の量を測ります。系図内の各色の●はその時代に生じた多型、系図下の●は子孫が持つその色の多型を表します。自然選択が働いた場合は、多型の量が小さくなることが期待されます。2つのSNP(rs12055879, rs3751248)では多型の量が特に小さいことから、自然選択の標的となっていることが示唆されました。

 識字障害(ディスレクシア)を伴う人々は様々な文字体系でみられます。これは、適切な教育機会を得ても読み書きに困難が生じる障害です。この障害には遺伝的要因があり、中国での先行研究は、15個のSNP※について漢字識字能力のリスク/非リスクに相関がみられたことを報告しています。ヒトの進化史上、ほとんどの人々は最近まで文字を使わず生活していたため、個人の読み書き能力に自然選択が働いた、すなわち遺伝的変異が生存・繁殖に影響したとは考えにくいです。したがって、これら15個のSNPには自然選択が働いていない、もしくは自然選択がかかっていたとしても、その対象は識字そのものとは関係ない機能だと推測されます。本研究は、公開データベースを利用して、これら15個のSNPに自然選択の痕跡が見られるかを「2D SFS統計量」で調べました。

 ほとんどのSNPに自然選択の痕跡は検出されなかった一方で、GNPTAB遺伝子とDCDC2遺伝子にあるSNPに選択の痕跡が見られました。両SNPの周辺領域を詳しく解析した結果、いずれも遺伝子発現の調節に関わりうる塩基が自然選択の標的となっている可能性が示唆されました。これらの塩基は、ディスレクシア関連遺伝子以外の遺伝子に作用する可能性もあり、上記の推測に沿う結果となりました。ただ、これはデータベースからの予測であるため、将来的には実験で確かめる必要があります。

 本研究は、読み書き能力に関係するとされる遺伝的多型をヒトの進化史のスケールで考えました。これは、「リスク/非リスク」という現代社会における捉え方を再考する契機にもなると思われます。

※SNP (Single Nucleotide Polymorphism):


書誌情報

Do Genes Associated with Dyslexia of Chinese Characters Evolve Neutrally?
Kumiko V. Nishiyama, Yoko Satta and Jun Gojobori
Genes 2020, 11, 658; doi: https://doi.org/10.3390/genes11060658

先導科学研究科生命共生体進化学専攻 西山久美子

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