近代青島の都市空間の変容から考察する日本的な要素

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青島パノラマ: こちらの画像は戦前青島の町の風景がうつされたものです。青島はずっとドイツ風の町と言われながらも、実は当時日本人の居留民団や消防隊、日本人の開設した商業学校といった日本的な要素も数多くありました。この一コマだけからでも、日本が青島の都市空間に与えた影響が読み取れると思われます。

現在青島と言ったら、ドイツ風情あふれる町というイメージが強いです。実は青島は1898年から1914年までの16年間のあいだはドイツに租借され、ドイツから多大な影響を受けました。しかし、近代青島の独特なのは都市空間の変容はドイツ的な要素のみならず、日本からも多大な影響を受けました。青島は2度、合わせて16年に及んで日本の支配下に置かれ、上海と中国東北地方(旧満州)に次いで、日本による対中国投資の重要な中心地でした。戦前青島に渡った日本人の数は最大4万人近くに達し、これらの人的移動は、資本、技術、文化の移動をもたらし、近代青島の都市空間の変容に看過できない影響を与えました。博士論文は近代青島の都市空間の変容を考察することを通して、その過程において日本的な要素の果たした役割、またその断絶性と連続性を解明しようとするものです。

ドイツ租借期と日本占領期の史料に関しては、ドイツの国家公文書館と日本国内の各図書館に所蔵されているのに対し、青島返還後の中華民国政府統治期の資料の一部は台湾に所蔵されています。

今後は今回の資料調査で収集してきた中華民国政府外交部門、経済部門の一次史料を整理・分析して、青島が中国に返還された後、残された日本的な要素を究明しようと思います。

派遣先滞在期間

Date of Departure: 2020年1月1日
Date of Return: 2020年1月11日

派遣先

台湾
台湾中央研究院近代史研究所

派遣中に学んだことや得られたもの

1、台湾の中央研究院近代史档案館に所蔵されている中華民国政府側の資料を調査してきました。その資料の一部がデジタル化されましたが、まだネット上に公開されていないものもある。今回はそのネット上未公開の資料を中心に貴重な資料を集めてきました。

2、『晶報』の青島関係記事を集めてきました。『晶報』は中華民国期における最も有名な小新聞として知られ、その影響力は同時代の大新聞『申報』に匹敵すると言われます。これらの新聞記事から政府側の档案史料に記載されていない情報が読み取れると予想しています。

3、海外へ資料調査に行く場合、事前に調査対象を絞ってリストを作ることが大事なことです。そうしたら派遣期間中に効率よく調査できると思います。そして、今回の調査地である台湾は戦前日本に50年ほど支配されて、現在でも言葉遣いや建物など昔の日本的な要素が窺えます。今後機会があれば、同じく日本に支配された経験のある青島と比較したら興味深いと今回の派遣で身をもって感じました。

国際日本研究専攻,単荷君

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