日本のサラブレッド370頭のゲノム解析:サラブレッドが速く走れる遺伝的背景を解明

【研究概要】

サラブレッドは、より高い競走能力を獲得するべく品種改良されてきました。ごく限られた数の優秀な牡馬(オス)のみが、種牡馬として自分の遺伝子を子孫に残すことができます。本研究では、このような人為的な選択を継続した結果、サラブレッドのゲノムがどのように進化したかを解明しました。まず、ゲノム全体において非常に強いインブリーディング(近親交配)の痕跡を確認しました。また、ゲノム中の特定の領域において、強い人為選択の痕跡を発見しました。この領域には、おそらく競走能力に関わる遺伝子が存在するものと思われます。すなわち、サラブレッドが他の品種に比べて速く走れる、その理由がこの領域に存在するということです。その他にも、ゲノムワイド関連解析という統計手法を使って競走能力の個体差に関わる遺伝子の候補を見つけました。ゲノム情報を品種改良に活用することが、近い将来に可能になることを示唆します。

【研究の背景】

競馬はブラッド・スポーツと呼ばれます。すなわち血統のスポーツです。サラブレッド(Thoroughbred)は、徹底的に(thorough)育種、繁殖された(bred)というのが語源です。より強く速い馬を創り出そうという300年以上にわたる努力の結果が、現在のサラブレッドです。このサラブレッドの歴史を通して、ゲノムが進化し、サラブレッド特有のゲノムが形成されました。しかしながら、すべてのサラブレッドが全く同じゲノムを持つわけではありません。ゲノム全体から見ればほんの一部ですが、個体間でDNAが異なります(一塩基多型、 SNPsと呼ばれます)。このゲノムレベル個体差が、競走能力の違いや、体の大きさ、毛色などを決めます。本研究では、370個体のサラブレッドのSNPsを解析することによって、サラブレッドが創られた歴史を紐解くことを試みました。

【研究の内容】

国内のサラブレッド市場(2010~2016年)で購買された様々な種牡馬系統からなる健常なサラブレッド370頭それぞれについて、67万箇所のSNPsを決定しました。このデータと、先行研究(Schaefer et al. 2017)による国外のサラブレッドと他の近縁種のデータを合わせて、集団遺伝学的解析を行いました。その結果、以下のようなことがわかりました。1、サラブレッドのゲノム全体において、まず特徴的なのは、SNP多様性が非常に低いことです。これは、5世代血統表から理論的に想定されるよりもはるかに低いものでした。5世代以前から続く強いインブリーディングが反映されていると考えられます2、サラブレッドの血統は管理されており、本研究で用いた370個体の血統も過去数世代にわたって記録されています。非常に少ない種牡馬に依存する特殊な繁殖システムにより、我々のサンプル中には父親を共有する半兄妹がたくさん存在します。そのような半兄妹のゲノムを足し合わせると、父親のゲノムが比較的簡単に再現(推定ゲノム)できることを示しました(図1)。10頭程度の半兄妹のゲノムデータがあれば、かなりの統計的信頼度を持った推定ゲノムが得られることがわかりました。データ量がさらに増えれば、祖父、曽祖父などの推定ゲノムを得ることも可能です。過去の名馬のゲノムが再現できる日も遠くないかもしれません。

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図1.ある種牡馬A(2倍体)のゲノム(最上段の赤と青)を、31個体の子孫のゲノム(A-01~31)から推定しました。(染色体1、15、30の結果を表示)。種牡馬Aにおける減数分裂時の組換えのパターンがよく反映されています。

3、ゲノムには数万の遺伝子が存在しますが、この中のほんの一部の遺伝子がサラブレッドの品種改良に関与したと考えられます。そのような、人為選択のターゲットとなった遺伝子の周辺では、特徴的なSNPsのパターンが観察されることは、理論的によく知られています。例えば、あるタイプの遺伝子変異が競走能力を大きく向上させるために選抜され、最終的に全てのサラブレッドに共有されるようになったとします。そうすると、その遺伝子周辺のゲノム領域ではほとんどSNPsが存在しなくなります。逆に言えば、そのようなSNPsがほとんど見つからない領域には、人為選択のターゲットになった遺伝子が存在すると言えます。本研究では、このようなSNPsのパターンを示すゲノム領域を複数発見しました(図2)。なぜサラブレッドは速く走れるのか?その遺伝的理由が、これらの領域に存在すると言えそうです。さらに、ゲノムワイド関連解析という統計手法を用いて、現在の日本のサラブレッドの個体間の能力差の背景にある原因遺伝子探索を行いました。いくつかの候補は見つかりましたが、はっきりとした原因遺伝子の特定には至っていません。

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図2.ゲノム上における塩基多様度の分布(染色体1と28の一部を表示)。
赤はサラブレッド、黒はサラブレッド以外の品種。点線はゲノム平均。 局所的に塩基多様度が低下している領域があります。この領域には、サラブレッドのゲノムが形成される過程で強い選抜を受けた形質に関与する遺伝子があることを示唆します。
【今後の展望】

生物の進化は、そのゲノムの進化を伴います。サラブレッドのゲノムを解析することによって、サラブレッドという種が確立するまでのゲノムの変化と、現在のサラブレッド集団中に保有される多様性を理解することを試みました。現状、サラブレッド競走能力の個体差を決定する遺伝子に関しては、未解明な部分が多いです。しかし、サンプル数が増えれば、より正確な情報が得られるようになります。近い将来には、ゲノム情報を利用したサラブレッドの育種育成が可能になるかもしれません。

【論文情報】

Genome-wide SNP analysis of Japanese Thoroughbred racehorses

Jeffrey A. Fawcett, Fumio Sato, Takahiro Sakamoto, Watal M. Iwasaki, Teruaki Tozaki, Hideki Innan

PLOS ONE 14: e0218407

doi: 10.1371/journal.pone.0218407

【著者】

ジェフリー フォーセット (理化学研究所 iTHEMS 上級研究員)

佐藤 文夫 (JRA日高育成牧場 生産育成研究室 研究役)

坂本 貴洋 (総合研究大学院大学 大学院生)

岩嵜 航 (総合研究大学院大学 ポスドク研究員)

戸崎 晃明 (競走馬理化学研究所遺伝子分析部 専門役)

印南 秀樹 (総合研究大学院大学 教授)

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