類人猿からヒトへの進化過程における遺伝子発現の変化が、強く、しなやかでハリがあり、弾性に富むヒトの皮膚の創出に関与することを示した

【研究概要】

ヒトの皮膚は他の霊長類と異なる特徴がありますが、どのような遺伝的要因が関わるか知られていませんでした。1)この研究では始めに、皮膚の形態をヒトと他の霊長類の間で比較し、ヒトでは表皮と真皮が他の霊長類と比べて厚いこと、およびヒトでは表皮と真皮を結合する表皮基底膜が波型で、他の霊長類では平坦であることを明らかにしました。波型の表皮基底膜は平坦型に比べて面積が増大します。2)次にヒトと類人猿3種(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)の間で、全転写配列を決定する方法(RNA-seq法)を用いて遺伝子発現量に統計的に有意差のある遺伝子を全遺伝子から探索しました。その結果、表皮基底膜に関わる遺伝子(COL18A1, LAMB2, CD151)と真皮の弾性繊維の成分であるBGNがヒトで多く発現していることが明らかになりました。3)最後に類人猿からヒトへの進化の過程で上記4つの遺伝子発現量の変化を生み出したDNA配列の変異を推定しました。ヒトは進化の過程で体毛が薄くなり、体毛による皮膚の保護が弱くなったと考えられています。今回明らかにした遺伝子発現の変化は、ヒトでの強く、しなやかでハリがあり、弾性に富む皮膚を作ることに関わり、これは保護の弱いヒトの皮膚を強靭にしたと考えられます。(図1)

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図1:ヒトと他の霊長類の皮膚の比較

【研究の背景】

皮膚は外部環境から体内を守り、また体内の水分などを保持するために重要であると考えられています。ヒトの皮膚は他の霊長類に比べ、体毛が減少していることはよく知られています。それに加えヒトでは汗腺の数が増大しており、体毛の減少と合わせて、高い体温調節能力があることが報告されています。1980年代にヒトの皮膚の形態が他の霊長類と異なること(表皮が厚い、ハリがある、弾性に富むなど)が少数報告されていましたが、それ以来ヒトと他の霊長類の皮膚の比較は、ほとんど研究されていない状況でした。それでは実際にヒトの皮膚にはどのような特徴があり、どのような遺伝子が関わってそれらの特徴を生み出しているのでしょうか?本研究ではこれらの疑問を解明することを目的としています。

【研究の内容】

1)ヒトと他の霊長類の皮膚形態の違いこの研究では始めに、表皮と真皮の厚さを測定し、ヒトと他の霊長類(旧世界ザル3種)の間で比較しました。その結果、ヒトでは表皮と真皮が他の霊長類と比べて統計的に有意に厚いことが明らかになりました。また、表皮と真皮を結合する表皮基底膜がヒトでは波型で、他の霊長類では平坦でした。ここで示した特徴はヒト特異的であると考えられます。

2)ヒトと類人猿間での皮膚における遺伝子発現量の違い次にヒトと類人猿3種(チンパンジー、ゴリラ、オランウータン)の間で、皮膚での遺伝子発現量に差のある遺伝子を全RNA発現量解析法(RNA-seq)により全遺伝子から探索しました。その結果、表皮基底膜の構成に関わる遺伝子(COL18A1, LAMB2, CD151)と真皮の弾性繊維(エラスチン繊維)の成分であるBGNがヒトで多く発現していることが明らかになりました。COL18A1と LAMB2遺伝子から作られるタンパク質は表皮基底膜の成分であり、これらの遺伝子の発現量増加は表皮基底膜の面積の増大(波型)と関連していると考えられます。このように結合面の面積が増大することは、表皮と真皮の結合を強くしていると考えられます。またCD151遺伝子から作られるタンパク質は表皮と表皮基底膜を結合する役割を持っており、この遺伝子の発現量の増加は表皮と表皮基底膜の結合を強くしていると考えられます。BGN遺伝子から作られるタンパク質は、真皮中の弾性繊維の構成成分であり、この遺伝子の発現量増加は弾性繊維の量を増やし、ハリや弾性を増加させていると考えられます。

3)ヒト特異的な遺伝子発現を生み出した変異の推定遺伝子発現量は、発現を調節するDNAの領域(転写調節領域)に起こる変異により変化すると予想されます。転写調節領域はその機能を保つため、進化の過程で配列が保存されています。DNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付けられており、転写調節領域のヒストンは修飾を受けていることが知られています。発現量変化が検出された上記の4つの遺伝子(COL18A1, LAMB2, CD151, BGN)についてその周辺のDNA配列から、配列が保存され、かつヒストン修飾を受けている領域を転写調節領域と推定しました。それらの領域中のヒト特異的変異はヒト特異的な遺伝子発現を生み出す可能性があります。また、発現量を変化させる変異は、転写調節領域中の、転写を調節するタンパク質(転写調節因子)が結合する領域に存在し、その結合に影響を与えることが知られています。そのため、ヒト特異的遺伝子発現を生み出す可能性のある変異のうち、転写調節因子の結合領域に存在する変異はその可能性が特に高いと推定しました。今後の実験により、これらの推定した変異が実際に発現量を変化させるかどうかを明らかにする予定です。

ヒトは進化の過程で体毛が薄くなったことが知られています。体毛には外部の物理的なストレスから皮膚を守る役割があると考えられています。そのためヒトでは体毛の減少により皮膚の保護が弱くなったと考えられています。今回明らかにした遺伝子発現の変化は、表皮と真皮を結合する表皮基底膜の表面積を広げて結合を強くし、また真皮の弾性繊維を豊富にしていることに関わると考えられます。このような進化は保護の弱いヒトの皮膚を強靭にしたと考えられます。

【謝辞】

試料を提供していただきました以下の施設にお礼申し上げます。

京都市動物園、熊本サンクチュアリ、大阪市天王寺動物園、日立市かみね動物園、姫路セントラルパーク、福岡市動物園、神戸市立王子動物園、札幌市円山動物園、ケニア国立博物館霊長類研究所(順不同)。大型類人猿の試料はナショナルバイオリソースプロジェクト「大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)」を介し提供いただきました。

【論文情報】

Arakawa N, Utsumi D, Takahashi K, Matsumoto-Oda A, Nyachieo A, Chai D, Jillani N, Imai H, Satta Y, Terai Y. Expression changes of structural protein genes may be related to adaptive skin characteristics specific to humans. Genome Biology and Evolution. DOI: 10.1093/gbe/evz007

【著者】

荒川那海(総合研究大学院大学・先導科学研究科・大学院生)
内海大介(琉球大学大学院・医学研究科・助教)
高橋健造(琉球大学大学院・医学研究科・教授)
松本晶子(琉球大学・国際地域創造学部・教授)
Atunga Nyachieo(ケニア国立博物館・霊長類研究所・Research Scientist)
Daniel Chai(ケニア国立博物館・霊長類研究所・Research Scientist)
Ngalla Jillani(ケニア国立博物館・霊長類研究所・Research Scientist)
今井啓雄(京都大学・霊長類研究所・教授)
颯田葉子(総合研究大学院大学・先導科学研究科・教授)
寺井洋平(総合研究大学院大学・先導科学研究科・助教)

学生の研究